長州征伐においても、内乱に乗じて異国の侵略を許す惧れ在りとして、戦を避け洋と言っていたものの、遂には倒幕と言うことで薩長連合派、東征に踏み切り奥羽越戦争に踏み込む危険を冒したわじぇである。非常に危ない長期戦なる可能性はあった、奥羽越も、新兵器を買い込んでいたのであり、間に合っていれば大変な撃ち合いになったろう。榎本艦隊も、箱館沖で暴風で沈まない。
なぜ、無謀な東征を始めてしまったのか。欧米五ヶ国の協定で中立で見守るとしたようだが、

何時そうなったか、どっちに応援し、どう裏で密貿易をしていたか、エゲレスについては、

グラバーを野放しにし、寧ろ連携していたのだが、薩長有利とみてあと押しした。

しかし展開に長期戦となって、各国の協定が崩れ去る、侵略の好機が将来、招来していたはずである。とすれば、薩長の暴挙がこの国を占領させて仕舞ったとしてもおかしくはなかった。すなわち、植民地となり、別の近代史が、さもなければ、会津が天下を支配していたとも限らない。

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