へっぽこ国文学

2004年10月6日
瀬織津姫が実在した神であり、
 創作された神、イザナギ・イザナミ
は、いかにも者ガラリ風の、異国の
 年度細工を思わせる。

この、日本の父母なるところの、ナギ・ナミ
が、国産みをしてから、ナギが死んだことは、
 容易に瀬織津姫の無くなったイメージを
喚起する。あるいは、安易に想起されるのである。

 スサノオが、死んだ母を慕って泣き暮らし
やがて、アマテラスに殴り込むところは、
 熊野の主張が一戦、巻き返しの反攻を
奈良盆地のヤマトに仕掛けた歴史事実を反映しているのだろう。

 古事記は、遠い遠いヤマトの先祖のお話をやってるのではなく
現代史を書いているのだ。

 神々の改竄 あるいは、神の流惨 の
テーマは、瀬織津姫のイザナミ化を念頭に置く。
 もはや、イザナミは、おそろしい黄泉の怪物になった。
だから、君たち、イザナミは死んだのだよ、
 瀬織津 であることを当時の人々は知っている。
新たなる進行、宗教改革とは政治であった。

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